ぼくは最近、胸の奥が静かに痛む瞬間がある。 大切な人と笑い合っているとき、 温かい言葉を交わしているとき、 心が満たされているはずなのに、 ふと「自分だけが幸せでいいのだろうか」と思ってしまう。

世界では、 イスラエルでも、ガザでも、 ウクライナでも、ロシアでも、 罪のない人たちが命を落としている。

ぼくが笑っているこの瞬間にも、 誰かが泣いている。 誰かが失われている。

その事実を知っているからこそ、 幸せが胸に刺さる。

だけど、あるとき気づいたんだ。

ぼくが幸せでいることは、 誰かの不幸の代わりじゃない。

むしろ、 幸せを感じられる心があるからこそ、 世界の痛みに気づける。 誰かの涙に寄り添える。 誰かを救う言葉を紡げる。

もしぼくが心を閉ざしていたら、 世界の苦しみに気づくことすらできなかっただろう。

だから、ぼくは思う。

幸せを感じられる人が、 世界の痛みに気づき、 声を上げ、 祈り、 行動する。 その小さな循環こそが、世界を少しずつ変えていく。

ぼくは今日、 大切な人と笑い合った。 そして同時に、 世界のどこかで苦しむ人のことを思った。

その両方を抱えて生きていくことが、 ぼくにできる小さな祈りなのかもしれない。

あなたがいま幸せなら、 その幸せを否定しないでほしい。 その幸せは、 誰かの痛みを無視するためのものじゃなくて、 誰かの痛みに寄り添う力になるものだから。

ぼくたちが流す一滴の優しさは、 世界のどこかで、 誰かの心をそっと癒すかもしれない。

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