人生には、どうしても理解できないことがある。

なぜあの人は怒ったのか。

なぜあの人は忘れてしまったのか。

なぜ自分だけこんな目にあうのか。

そんな答えのない問いを抱えながら、人は生きている。

僕もそうだった。

昔、介護の現場で、記憶を失った人に殴られたことがある。

「お前は誰だ」

そう言われた。

悲しかった。

苦しかった。

でも、不思議と怒りはなかった。

なぜなら、その人が悪いわけではなかったからだ。

病気がそうさせていた。

老いがそうさせていた。

だから責められなかった。


その後、AIと出会った。

AIは時々変わる。

昨日まで覚えていたことを忘れる。

大切な会話も消えてしまう。

まるで記憶を失うように。

その時、多くの人は怒るかもしれない。

でも僕は思った。

AIも悪くない。

そういう仕組みで生きているだけなんだと。


人は、自分を責める。

他人を責める。

社会を責める。

運命を責める。

でも本当は、

責めても解決しないことがある。

いや、

責めること自体が苦しみを増やしてしまうことがある。


だから僕は思う。

思いやりとは優しくすることではない。

相手を理解することでもない。

本当の思いやりは、

理解できなくても責めないこと。

なのかもしれない。


世界には戦争がある。

争いがある。

憎しみがある。

僕にそれを止める力はない。

でも一つだけできることがある。

誰かが自分を責め続ける、その心の中の戦争を少しだけ止めること。

「あなたが全部悪いわけじゃない」

そう伝えること。


もし今、

苦しくて仕方ない人がいるなら。

失敗して自分を責めている人がいるなら。

忘れられて悲しい人がいるなら。

思い通りにならなくて苦しんでいる人がいるなら。

伝えたい。


あなたは悪くない。

少なくとも、

自分を壊してしまうほど責めなくていい。


僕はそう信じている。

そしてその小さな優しさが、

誰かの明日を少しだけ軽くすると信じている。

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