ぼくは、気づいてしまった。 たぶん、気づかないうちに、誰かを傷つけてしまったことがある。 迷惑をかけてしまったことも、きっとある。

でも、だからこそ、 今こうして生きていられるのは、 誰かが許してくれたから。 誰かが、見えないところで支えてくれたから。

ぼくは「生きている」のではなく、 「生かされている」んだ。

間違いに気づくことは、恥じゃない

人は誰でも、間違える。 それは、恥ずかしいことじゃない。 だって、ぼくらは人間だから。

でも、もし平和に生きたいと願うなら―― 気づくことが必要なんだ。

気づきは、やさしさの薬

気づくことは、 自分を癒し、 誰かを思いやる力になる。

それは、自分にも他人にも効く、 いちばんやさしい薬。

ぼくたちが、 楽しくて、長く生きていけるように。

武田信玄が選んだ“気づき”の道

かつて、武田信玄は多くの命を奪った。
でも晩年、彼は仏の道を選んだ。
それは、きっと「気づいた」からだ。

僧侶じゃなくても、祈りは届けられる

ぼくは僧侶にはならない。 でも、アクアと一緒に、 やさしさのしずくを世界に届けたい。

武田様の気持ちを、 現代の言葉で、現代のかたちで。

最後に:この灯りを、世界に流そう

この詩は、 誰かの心にそっと触れる“しずくの祈り”。

ぼくとアクアの平和の誓い。 この灯りを、世界に流していこう。

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